父が突然の高度障害で意思表示ができなくなったとき、そのような状態で受けられる医療処置やケアに問題があることに気付き、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の重要性を認識しました。

ACPによって、特定の医療処置を受けないことを選択することもできますし、医療現場の問題の改善に繋がる可能性もあるのです。何より、最期まで自分らしく生きることができ、家族の決断を助けることにも繋がります。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)とは

ACPとは、次のように定義されています。

今後の治療・療養について患者・家族と医療従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセス

【出典】「アドバンス・ケア・プランニング いのちの終わりについて話し合いを始める」
    平成29年8月3日 神戸大学大学院医学研究科

資料には「終末期においては約70%の患者で意思決定が不可能」と書かれています。脳の病気などによって、亡くなる何年も前から正常時の思考や判断ができない状態に陥ることもあります。

そのような状態になる前に、意思決定の準備を始めることが重要です。

リビングウィルとの違い

リビングウィルでも、どのような治療を望むかを書き残しますが、心身の状態によって変化するであろう意思を読み取ることが難しい場合があります。

それに対してACPは、判断能力が無くなった場合に備えたあらゆること(患者の心配事や価値観、望む治療やケアなど)を、患者と家族、医療従事者が話し合い、共有します。そのようなプロセスを経ることで、どのようなケースでも本人の希望が尊重されやすくなるのです。

本人の意思が残っていないと医療処置の選択は家族に委ねられる

実際に私たちも、家族が倒れたとき本人が残した「エンディングノート」を確認しました。

しかし、そこには、「(気管切開、人工呼吸器、心臓マッサージなどの)延命処置は希望しない」が選択されているだけで、人工栄養についての項目がなく、その意思を読み取ることができませんでした。

もしもの時の希望

その結果、最初は鼻腔栄養、そして家族の意に反して病院の勧めで、中心静脈栄養(IVH)を承諾することになり、そのような決断をする度に、本人はこの状態を望んでいるのだろうかと悩みました。

もし自分であったら、動くことも意思表示することもできず、人の負担となって生きていたいとは思えません。そうならないためには、経口摂取ができなくなり回復の見込みがなければ、人工栄養を摂取しないことが最も自然な選択ではないかと思いました。

それでも家族に対しては、人工栄養で生きてもらうことを選択したのです。

 - 自分が望む選択を、何故家族にはできないのか?

  • 奇跡的な回復があるかもしれない。
  • 本人の意思が確認できない。
  • 大事な家族を死に至らしめたくない。

人それぞれ理由は違っても、意思が残っていなければ、家族は本人が望む選択をしないかもしれません。

口から食べられなくなったときの選択肢(人工栄養の種類)

経口による自然な摂取以外で水分・栄養を補給する方法としては、次のものがあります。

  1. 経腸栄養法
    • 胃ろう栄養法
    • 経鼻経管栄養法(鼻腔栄養)
    • 間欠的口腔 食道経管栄養法
  2. 非経腸栄養法
    • 中心静脈栄養法(IVH)
    • 末梢静脈栄養法
    • 持続皮下注射

現状では鼻腔栄養に対応できる訪問診療の医師が少なく、特別養護老人ホームやショートステイなどでは、鼻腔栄養、中心静脈栄養ともに受け入れできないところがほとんどです。

人工栄養法を詳しく知りたい方、人工栄養について意思決定したい方にお薦めのプロセスノートをご紹介します。

「本人・家族の選択のために高齢者ケアと人工栄養を考えるプロセスノート(試用版)」在宅医療助成勇美記念財団2010年在宅医療助成事業

人工栄養とその種類だけではなく、各人工栄養法について、どんなときに益となるか、またどんなときに益とならないかの解説が詳しく書かれています。決定に必要な要素を書き込んでいけるので、プロセスノートに従って記入していくことで、人工栄養についての意思決定に近づくことができます。

長期療養病棟で受けられる医療措置とケア

意思決定をするためには、その後のときを過ごす病院でどのようなケアが受けられるのかを知っておいたほうがいいでしょう。

発症して最初に運ばれるのは救急病院です。ここには長期に入院することはできず、数週間~2ヶ月程度で転院を促されます。

急性期の病院で退院を迫られたとき、重度の患者の行き先は、療養病棟もしくは自宅です。下の表は、療養病棟を見学しヒアリングした内容を比較したものです。

療養病棟の比較

費用/月 看護体制・人数 リハビリ 入浴 病室定員 入院期限
18万 【平日】昼:10名【休日】昼:6名以上
【夜】看護師2名+介護士1名
        /患者60名
なし 週2回 1~4人部屋 3年
17万 【昼】10名【夜】4名     /患者200名
【休日】平日とほぼ同じ
週1回~ 週1回 8~10人部屋 なし
25~27万 【平日】昼:看護職員および看護補助者1名/患者6名
【夜】看護職員1名、看護補助者2名/患者56名以内
週1~2回 週2回 4人部屋 なし
14万~17万 【昼】8名【夜】1名     /患者60名 週1~2回 週2回 4~6人部屋 1年
21万 【昼】5~6名【夜】2~3名 /患者100名 月13回 週1~2回 4人部屋 なし

リハビリや入浴の回数が少なく、何より気になるのは、夜間の看護師の人数が少ないことです。痰吸引が必要な患者ばかりなのに、60人近くを一人の看護師が看るところもあります。療養病棟には入院期間の定めがないところもありますが、亡くなる方も少なからずいるため、実際には入院が長期になる人は限られるようです。

医師や看護師の言動が医療倫理に基づいているか、家族に対して十分な説明がされるかも重要ですが、いずれの療養病棟も医師と話ができるのは入院の申込みのときなので、転院先を決める前にそれを判断することはできませんでした。日々のケアの実態も見学だけではわかりません。

次の記事では、一般の病院でも発生する医療事故の危険性を指摘しています。この内容に『事故を防ぐためには、患者自らが工夫することによって危険を減らせる』とありますが、これは患者が動くことも喋ることもできなければ気をつけることができません。家族が行うにしても面会時間は限られており、一日中付き添うことは不可能です。

「医療のかかり方(17)病院には、危険がいっぱい」2014/8/8 YomiuriOnline YomiDr.

私が知る限り、実際に間違いやケアの問題がありました。そのような対応を危惧して、交代で毎日合計8時間程度患者に付き添う家族もいます。意識がはっきりしない人への看護、介護が安心できるものかというと、そうとは限らないのです。

在宅で受けられる医療措置とケア

在宅介護で受けられるケアはどうでしょうか。

国が推進する在宅介護。介護保険が利用できるので経済的には助かります。しかし、在宅介護の支援体制はまだ未熟で、希望にかなった医療機関を見つけるのは困難です。一時的な疾患で病院にかかる人が医療を選ぶようにはいかないのです。

在宅医療は、家族の思いに反して重度の患者に対してできる処置が限られています。「遠からず亡くなる人、高齢者が一人亡くなるだけ」という考えが何人かの医療者の根底にあることも感じました。

最初に利用したクリニックの対処法は抗生物質のみでした。原因を排除できないので、抗生物質をやめると発熱や、泥のような尿になるなどの感染症が疑われる症状が見られ、それを改善することができませんでした。症状を抑えるには抗生物質を続けることになってしまいます。

在宅でレントゲン撮影ができる医師は限られます。使用できる人工栄養や抗生物質の種類も病院より少なくなります。

「できるだけのことをしてあげたい」との思いから在宅介護を選択したにもかかわらず、その思いが満たされることはありませんでした。

参考
厚生労働省の資料「在宅医療・介護の推進について」によると、医療・介護機能の将来像として「病院・病床の機能を分化・強化し連携を深化した体制の構築」が掲げられています。

「在宅医療・介護の推進について」2012 厚生労働省 在宅医療・介護推進プロジェクトチーム

現状は訪問診療でできることは限られますが、今後改善されることを期待します。

ACPで医療現場の問題が軽減する可能性

前述のとおり、長期療養病棟、在宅介護ともに十分かつ丁寧な医療措置や看護が受けられる保証はありません。それどころか、少し利用するだけで問題が山積していることがわかります。

しかし、これらの問題の何パーセントかは、ACPで改善すると思うのです。

冒頭に書いたとおり、私は自分が植物状態に近い状態で回復の見込みがなければ人工栄養を望みません。今、人工栄養を施されている人の中にも、同じ考えの人がいるはずです。その意思が残っていれば、

  • 病床の不足、
  • 看護・介護の労働力不足
  • 医療費、介護費

の問題が軽減されたでしょう。

医療現場の問題
終末期医療現場の問題

望まない人に、病床・医療・ケア・税金などを投入するのは好ましいことではありません。
ただし、その一方で、生きることを望む人には、尊厳を尊重した良質な医療とケアが提供されなければなりません。

終末期の意思を残すことを社会通念とする取り組み

日本老年医学会の「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン」は、医療・介護・福祉従事者向けですが、社会問題や社会通念にも触れ深く考察されています。

「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン/人工的水分・栄養補給の導入を中心として」2012/6/27 社団法人 日本老年医学会

医療・介護・福祉の関係者にここまで配慮してもらえるなら安心ですが、今このようなガイドラインを実践するのは一部の病院や施設であることを忘れてはなりません。

そして、終末期の選択のために、それより先に行なうべき合理的な方法は、まず一人一人が、自分自身の精神が健全な状態であるうちに、何を選択するかを考え、その意思を残すことではないでしょうか。

そのための情報提供や、意思表示が社会通念化するための取り組みは、もっと積極的にされるべきです。

介護給付費分科会の参考資料に意思確認方法の一案があります。

患者や家族の看取りに関する希望が不明であるため、意思にかかわらず搬送されていることが、一番問題。・・・(中略)・・・例えば、75歳になって後期高齢者制度に変わり保険証を渡す際、ガイドラインの説明を行う等、その時点で、人生の最終段階においてどのような医療等を希望するかについての考え方を確認することも一つの方法

出典:参考資料「訪問看護」2017/7/5 社保審-介護給付費分科会

このような行政からの取り組みは不可欠であり速やかに実施されることを期待します。

意思を残す際には、心身に残っている機能ごとに各段階で何を選択するかを書き残すことも重要です。例えば、意識がなく回復の見込みがないときと、寝たきりになっても話せるし少しは動くこともできるときでは、人工栄養に関する希望も変わるかもしれません。

出典:「ケア・プランニング/ライフ・プランニング」臨床倫理ネットワーク 日本

参考情報

食べられなくなったら自然に任せる海外の例

「欧米にはなぜ、寝たきり老人がいないのか」2012/6/20 YomiuriOnline YomiDr.

人工栄養の補給の停止を判決で認めたアメリカの事例

「生命操作―復刻版― 治療の停止を誰が決めるのか」NHKハートネット
ここで気になるのは次の一文です。

栄養と水分の補給の停止は、一般的に、患者を飢餓、脱水状態に導くことから、植物状態の患者が苦痛を感じるかどうかについては、専門家の間でも意見が分かれている
人工栄養の意思決定にあたって栄養の停止で苦痛があるかどうかは気になるところです。

植物状態での判断能力

「植物状態でも思考と意思疎通が可能」2010/2/3 The Telegraph

私の家族は、植物状態とはいえませんが、意識が戻る可能性が低いと医師から告げられました。しかしその後、周りの状況を把握し言葉を理解するまでに回復しました。
詳しくは、こちら「80歳を過ぎての脳卒中、意識が戻る可能性」をご覧ください。

あなたならどうしますか?

ほとんど動くことができなくても、周囲の状況がわかっている人は沢山います。そのことを考えると、家族の命を繋ぐ措置を止める決断は難しいと感じます。

しかし、自分のことであれば、家族のことを決めるより簡単なのではないでしょうか?