身内が脳卒中により重篤な身体障害を生じたときの記録です。我々がその事態に直面したとき、回復の可能性はあるのかをインターネットで調べましたが、類似のケースで具体的な症例は見つかりませんでした。ここでは、その後の病状の経過を記します。

発症~救急搬送

81歳。8~9㎝の脳皮質下出血(右前頭葉/頭頂葉/側頭葉)。朝起きて立ち上がった直後に倒れたと思われる。壁を叩き家族を呼んだときは話ができたが、病院到着後は話すことができなくなっていた。

救急車を呼ぶまでに時間がかかったうえに受け入れ可能な病院が遠く、病院に着いたときは倒れてから2時間以上経過していた。救急車到着前に身体を動かしたことも状態を悪くしたのかもしれない。

集中治療室では、目は開けられず、動く右手をしきりに動かす。家族の手を探して握り、しっかりした力で前後に動かす。

家族の一人が駆けつけたとき泣きながら声をかけると、閉じたままの片目から一粒の涙がこぼれる。そのときに、何かを言おうと大きな声を出したが、言葉にならない。言いたいことが言えず、話すことを諦めてしまったのか、それ以降、言葉を発することはなかった。

何度か、右手で遠くを指差す動作をする。

一週間前に大怪我をした右足について、家族が話していると、その場所を示すように右手で右足を軽くたたくような動作をする。

この時点では人が言うことが理解できており、それを動作で伝えることができていた。
医師によると意識レベルは6段階中5。

集中治療室

この後、浮腫で脳が圧迫されて意識レベルは低下する。言うことに対して再び反応できたのは、8ヶ月後だった。しかし直後のほうが、発症以前に近い思考ができるのに加えて、手足も自由に動かせるので意思を伝えやすかったはずだ。

聞き方を工夫すれば手や首の動きで意思が伝わることを、このときに確認しておくべきだった。

万が一回復しなかったときにどうしたいか、その場合はどこで過ごしたいか、などを二者択一方式で訊いておけば、その後の決断のためにはよかったのだが、最悪の事態を本人に確認する勇気がなかった。

原因・経過予測・治療

原因の類推

脳卒中を引き起こす高血圧やタバコなどの危険因子がないため、高齢者に多いアミロイドアンギオパチーの可能性が高い。

症状と経過予測

  • 右前頭葉/頭頂葉/側頭葉脳皮質下出血。8~9㎝大。
  • 脳内の0.1mmほどの血管が破れたことによると思われる。
  • 出血により破壊された脳の症状として半身麻痺を呈している。
  • 出血は通常、発症より6時間以内に止まるが、まれに増大することがある。
  • 圧迫は腫れがとれればなくなるが、今後腫れによる脳の損傷は拡大すると考えられる。
  • 腫れのピークは通常4日後。一週間程度は、腫れが強い。
  • 出血が大きいことから意識が戻る可能性は少ない。薬を使用しなければ、腫れで脳幹が圧迫され死に至る可能性もある。
    • 意識が戻らないとしても、腫れを抑える薬を使うかを医師が家族に確認。
      家族は、薬の使用を依頼。
  • 大きな出血だが、右脳なので家族を認識できる可能性はある。

治療計画

  • 出血が大きくまだらなので手術は難しい。また、アミロイドアンギオパチーであれば血管がもろくなっていると考えられ、手術はデメリットの方が大きい。
  • 点滴による降圧と浮腫軽減の治療を行う。
    抗浮腫薬:グリセリン、降圧薬:ニカルジピン を使用。

救急搬送時のCT画像

CT画像1
CT画像2
血管CT画像

類似の症例

  • 同程度の出血の症例は何件もある。そのうち半分は亡くなり残りは意識が戻らない(入院中の病院の医師の話)
  • 知る限り、80歳を過ぎ同程度の出血で意識が戻った人はいない(セカンドオピニオンを依頼した医師の話)
いずれも救急病院の医師の話ですが、救急病院で患者が長期入院することは難しくなっています。そのため、患者の状態を長期に観察することができず、転院もしくは退院した後意識が戻ったとしても、それを知る術はないことは留意しておきたい点です。

我々は医師の話を聞いても、回復する可能性を信じました。

経過

3~4日後
意識レベルが低下。脳の腫れによるものと思われる。

14日後
体位変換やイヤホンから聞こえる音楽で両目を開く。口も動かす。

20日後
【CT】腫れが少し減り始めるが、大きく改善はしていない。

23日後
何かを思い出したかのような表情のあと、眉間にしわをよせ、しばらく辛そうな表情をする。

26日後
目は長く開いているが何かを見ているようではない。
悲しげな辛そうな表情を3回する。とても大きなため息を2回。

1か月後

  • 【CT】脳のしわと脳室が見えてくる。出血が吸収され、腫れもかなり改善。
  • 追視あり。
  • 「動かせますか?握ってください」など声かけをしても、それまでは応えたことがなかったが、理学療法士と共にリハビリをしていたとき、右手で強く家族の手を握る。はっきりとした力に、呼びかけに応えようとする意志が伝わってきた。これほど強く握ったのは、意識低下後初めてだった。相当頑張ってやっと動かすことができたのだろうか。この日明らかに意志をもって握ったと認識できたのはこの一回だけだった。
  • 左半身麻痺とはいえ、左足、左手を自分で動かすことがある。
  • リハビリのため車椅子で外に出るが景色を楽しむ様子はない。椅子に自力で座ることを試みたときは、首を支える力がないようで深くうなだれてしまい、その際右腕が大きく痙攣する。

1ヶ月半後
【CT】最初の大きな出血の反対側(右)に小さな出血がみとめられた。医師は今の状態が変化するほどの出血ではないと言う。

長期療養病棟での状態

2か月後に、長期療養病床に転院して以降、在宅医療にするまでは、体の動きや意識レベルはほとんど変わりませんでした。

  • 見舞うと、待っているようにいつも目を開いている。熱などで元気がないときは、家族が来ると安心するのか、すぐ目を閉じてしまう。
  • 家族が面会中ずっと声を出し続ける日があった。家族は具合が悪いのかと気になり帰れなくなったが、遅くなるので気になりながらも病室をあとにした。次にお見舞いに来たときに、隣の患者の家族が「あなたが帰ったらピタッと声を出さなくなった。家族が来ているのがわかっているようだ」と教えてくれる。
  • 右手が細かく痙攣。2カ月前は痙攣なく強く握れたのだが、今回は手を動かそうとして痙攣しているようだ。右手親指のみとても速く痙攣する日があった。
  • 右手親指と人差し指はしっかり動く。
  • 以前経験した痛みの記憶と同じ場面に遭遇すると、手をひっこめる。
    頭、手、足は動かすことができる。手を握ったり、痛みから逃げたりする動きはあるが、その他は目的がある動かし方ではない。
  • 口腔ケア中、発症から1、2ヶ月の間は口を固く閉じてしまうこともあったが、今はブラッシングしているのが分かるようで、口を自分から開き、その状態を維持していることが多い。

在宅医療への切り替えを決断したのは、病院で肺炎にかかった頃から抗生物質が続き、脈が130になるなど、身体状態が悪くなっていったためです。しかし、在宅で点滴の滴下速度が一定になり、抗生物質をできるだけ控えることで、病状に変化があり、意識改善の余地ができたようです。

在宅医療にしたのは、発症から8ヶ月近く経ってからでした。もし救急病院を出てすぐ家で看ることができれば、肺や心臓などに負担のない状態のまま、もっと早く意識の変化が見られたでしょう。

長期療養病棟退院時と在宅医療開始後、病状の変化

処置・状態 退院時 在宅開始後1ヶ月以内
痰吸引 2~3時間毎 痰の量が減り、口腔ケアを含めて8時間に1回程度
足の浮腫み 足の甲がパンパンに膨れる 浮腫みがなくなる(退院の2日後には細くきれいな足になる)
排尿 尿が出なくなったため尿道留意カテーテルを使用 尿道留意カテーテルを外して尿が出たためカテーテルの使用を終了する(退院の12日後)
酸素吸入 7L 2L(退院の18日後)

退院時の酸素の量は7Lで、これ以上増えれば用意した酸素濃縮装置では足りません。看護師には、「中心静脈栄養、酸素、尿道カテーテルとこれだけ揃った状態で帰る人はあまりいない」と言われ「家に辿り着けないかもしれないがそれでも帰るか」と、念を押されました。

家族の自宅に移動してからの意識

家には毎日楽器の練習をする家族がいます。別の家に住む兄が同じ楽器を持ってお見舞いに来たときは2台で合奏をして、患者が好きだった曲も演奏しました。楽器2台の生演奏の音はかなり大きくなります。

その日から、顔の表情、首の動きが、今までと違い、活き活きとしてきました。訪問看護師はその様子を見て「覚醒している」と言い、配偶者も「入院中の様子とは違い、全然変ではなかった」と話しました。

在宅医療開始から1ヶ月以内の患者の様子

  • 家事を終えた介護者が患者の近くで休もうとすると、見計らったように声を出すことがあった。呼んでいたのかもしれない。
  • 話しかけていると、人の方をしっかりと見て口や手を動かす。そのあと少し悲しげな表情をする。
  • 配偶者の声が携帯電話のスピーカーから大きく聞こえたとき、首と目を活発に動かし、配偶者の居所を探すような動きをする。
  • 昔の話をすると、表情のある顔になる。そのとき懸命に手を動かそうとしているようだった。
  • 30年前に言えなかった思いを家族が伝えると、悲しそうな、泣くような声を出す。
  • 医師が本人に希望する栄養摂取について問うと、医師の顔をしっかり見て3回ほど訴えるように口を空けたり閉めたりを繰り返す。その後、諦めたように目を閉じる。
  • 歯科医が「口を開けてください」と優しく言うと、すぐに大きく口を開ける。その後、歯科医の指示はあと2回あったが、その2回ともすぐに応えることができた。

家族の働きかけ

家族は発症後の入院中、週に3回程度、患者の意識や身体のため、次のような働きかけを行いました。頻度は多いに越したことはないのですが、病院まで距離があったことと仕事のため、毎日通うことはできませんでした。

  • 主に本人が好きな曲をイヤホンで流す。
  • 救急搬送されて4日後から、お見舞いの度に音楽を流しました。

  • リハビリ
    長期療養病棟は、リハビリが一週間に一度というところも多く、それでは確実に拘縮がおきてしてしまいます。拘縮予防と本人の苦痛軽減のためお見舞いでは手足を中心に体を動かしました。背中に手を入れ左右を交互に大きく動かす旋回の動き、首の後ろのマッサージなど。本人は自分で動けないので、動かすと気持ちがよさそうでした。

    痛みを訴えられない人のリハビリは慎重に行いましょう。次第に関節が固くなり動かしにくくなるので、そのようなときは、担当の理学療養士に正しいやり方を聞くと安心です。痛みの感覚がある人であれば本人の表情を見ながら行うと良いでしょう。
  • 本人の理解力を信じて話しかける
    患者は、本をよく読み、学ぶことが好きな人でした。高齢になり記憶力が悪くなっても論理的な思考や仕事の話は理解できていたので、その理解力が残っていることを信じて、脳の回復力について本に書かれていたことを話しました。

    脳卒中で神経の一部が死滅しても残った神経細胞が新しいネットワークをつくり、できなくなったことも再びできるようになる

    という内容です。その知識が本人の励みになると信じたからです。
    本には、褒めることのメリットも書かれていたので、何かできたときには、できていることを言葉で伝えました。

在宅医療と病院との違い

  • 大音量の音を聞かせることができる。
    身内のケースでは楽器2台の生演奏が最も効果がありました。
    楽器の音は一台でも大きいですが、特に2台で演奏した時から意識状態が良くなりました。音は意識を呼び戻すには最適なようです。音楽で意識を覚醒させるのは、特別な力がなくてもできると思います。むしろ患者の好みを知っている家族の方が、容易にできるかもしれません。
  • 日常の音が聞こえる。
    家で聞こえる音は病院とは違います。喧嘩の声が聞こえることもありましたが、そんな音も含め家での日常の音は病院よりいいのではないかと思います。
  • 負担の少ない医療処置の選択(抗生剤の使用、栄養剤の滴下速度)
    病院では患者側の希望が通らないことが多いのですが、在宅なら入院先の医師が勧めない選択も可能です。但し、訪問の医師が希望する医療を実施していないケースもあります。例として、使用する抗生剤や栄養摂取方法の選択肢が少ないこと、レントゲンなどの検査ができないことが挙げられます。

    ですから、在宅介護を始める際、希望する医療処置があるならそれが可能な医師を探すことが重要です。

    また医療行為の方針を変える場合は、複数の医師や専門家の情報を得て、患者のメリットになるかを家族が慎重に検討する必要があります。残念ですが、意識がないとみなされた患者のことを真剣に考えてくれる医療者は少ないと言っても過言ではないからです。

    身内の場合、在宅医療の医師は栄養の滴下を病院より遅くするよう指示しました。栄養が足りなくなることを懸念して医師に相談し、それより少しだけ速く、かつ病院よりも遅くしてもらったのですが、そのような経緯で栄養の滴下速度を落としたところ、浮腫みがとれ痰の量が減りました。病院では何週間も連続投与されていた抗生剤も、腋や首を冷やして熱が下がるときには、使用を控えました。これらのことが患者の体の負担を軽くすることに繋がったのではないかと思います。

    痰や熱、薬の使用で体に負担が多い状態では、意識どころではなくなります。実際病院では、目がうつろで首を一方向に大きく動かし、現実ではない世界を見ているようなこともしばしばあった患者が、家では自分で腕を動かそうとし、目や表情が生き生きしてきました。

脳の回復力は未知数。回復のためにできること

我々が脳の回復とリハビリの参考にした本です。

「NHKスペシャル 脳がよみがえる 脳卒中・リハビリ改革」
 著者:市川 衛  主婦と生活社

若い人の驚異的な脳の回復力は、テレビなどで度々紹介されていますが、この本では、高齢であってもリハビリによる麻痺が回復した例が紹介されており、神経が遮断されると脳は新たなネットワークを作ろうとすると書かれています。身内は重い症状でしたが、経過を見ていてもそれは事実だろうと思います。

我々のケースでは、命の危険もあり意識は戻らないと言われましたが、言葉を理解し動作で応えることができるまで回復しました。また、気持ちを声で表す様子と表情から、元の人格と以前の記憶は残っていることがわかりました。

意識レベルを確認する場合、話す内容は、ただ一方的に話すのではなく、YesかNoで応えられる問いかけがいいと思います。思考力が残っていれば、答えたい質問には反応しようとするでしょう。思い返してみると、私は一方的に話すことが多く、問いかけは答えにくいものばかりでした。

在宅医療の医師が初めて本人に向かって話しかけたときは、意識がないとみなされている患者に対して真剣にその意思を尋ねたことに驚きました。私も以前は、強い思いで声掛けしながら患者の手を動かし、自分で動かすことも促し、反応に一喜一憂しました。しかし、半年以上経って気付かないうちに、諦めたような一方的な話し方になっていたのかもしれません。
ところが、在宅介護で意識レベルがよくなった頃、医師が答えを望んで話しかけると、それに対して口を動かし、自分は言いたいことがある、と動作で示したのです。
この反応を見たとき、相手が応えてくれることを信じて心から話しかけることが大事なのだと再認識しました。

動作を要求するなら、例えば顔の一部など、簡単に動かしやすい場所が良いと思います。身内の場合は歯科医の指示には応えられました、”口を開ける”は、首から上の動作です。この場所は、手足よりも自由に動かせる場所だったので、すぐに指示に従うことができました。

救急病院の回診を思い返してみると、医師が大きな声で「〇〇さん、瞬きしてください、(瞬きができると)目を閉じてください」と声をかけ、瞼の動きで意識を確認していました。

もし、あなたの大切な人が、意識がはっきりしなくなり、その回復を願うなら、まずは音による刺激が効果的です。好きな音楽を流し、根気よく話しかけてください。声や音はできれば大きいほうが良く、可能であれば、音の大きな楽器の生演奏はおすすめです。この時期には、意識が戻った時にリハビリするため手足の拘縮予防も大事です。

回復は出血がどの程度でどの部位であったかによっても違うでしょう。本人の人生を考えたときに、どこまでの回復で満足するかも人それぞれです。その人の人生の最善が、意識や機能の回復と判断するなら、できる限り働きかけるとともに、その人と過ごせる貴重な時間を大切にしてください。